東寺五重塔の初層が特別公開されているので、先日行ってきた。
ところでぼく、生まれてから20代半ばまで京都の宇治に住んでいました。ただ宇治と言っても外れというか、最寄り駅は現在の近鉄京都線の伊勢田、当時の奈良電鉄に乗って時々家族で京都へ行くことがあり、京都に近づくと左手に東寺の五重塔が見えたものだった!だから東寺の五重塔は、生涯で最初に出会った日本建築〜寺院建築ということになる。
□

□

□
電車の窓から東寺の五重塔が見えると「もう直ぐ京都駅に着く!」とワクワクした子供の頃を思い出す。当時は奈良電も国鉄も地上を走っていて、高架橋を渡って京都市街へ・・・丸物百貨店など沿いの道端にたくさんの白衣の傷痍兵さんが延々と並んで座っておられたのを覚えている。
□
いつもは「東寺」駅で下車して九条通に面した「南大門」から入ることが多いのだが、この日は近鉄特急で京都駅まで行ったので、東側の大宮通に面した「慶賀門」に向かった。

□

「慶賀門」から見えるのは「講堂」
ところでぼく、生まれてから20代半ばまで京都の宇治に住んでいました。ただ宇治と言っても外れというか、最寄り駅は現在の近鉄京都線の伊勢田、当時の奈良電鉄に乗って時々家族で京都へ行くことがあり、京都に近づくと左手に東寺の五重塔が見えたものだった!だから東寺の五重塔は、生涯で最初に出会った日本建築〜寺院建築ということになる。
□
□
□
電車の窓から東寺の五重塔が見えると「もう直ぐ京都駅に着く!」とワクワクした子供の頃を思い出す。当時は奈良電も国鉄も地上を走っていて、高架橋を渡って京都市街へ・・・丸物百貨店など沿いの道端にたくさんの白衣の傷痍兵さんが延々と並んで座っておられたのを覚えている。
□
いつもは「東寺」駅で下車して九条通に面した「南大門」から入ることが多いのだが、この日は近鉄特急で京都駅まで行ったので、東側の大宮通に面した「慶賀門」に向かった。
□
「慶賀門」から見えるのは「講堂」
因みに「慶賀門」より東に位置する「東大門」はいつも閉まっていて「不開門」とも呼ばれる。
□

有料エリアへ到着!
□

これがベストアングルかな・・・
□
★
四面の扉が開けられていて「心柱を囲む四仏坐像」を拝観できるばかりか、極彩色された内部空間は素晴らしい!!
□

次は「金堂」
□

正面中央に注目!
□

これは「火鉢」か「炉」か・・・お線香を焚く容器!
□

先日TV放送で知ったのだが、中央のマークは東寺の「寺紋」で、文字の「左」を図形化したものだそうである。というのも「東寺」は「左寺」とか「左大寺」とか呼ばれたからで、京の都の入口に当たる「羅城門」の左側にあって、勿論右側と対をなしている。その左右とは、都の中心である北の「大内裏」から南を見た時の左右という訳で、だから左京区:右京区も東:西という訳なのだ!
□
さて、いよいよ「講堂」へ!

□
有料エリアへ到着!
□
これがベストアングルかな・・・
□

四面の扉が開けられていて「心柱を囲む四仏坐像」を拝観できるばかりか、極彩色された内部空間は素晴らしい!!
□
次は「金堂」
□
正面中央に注目!
□
これは「火鉢」か「炉」か・・・お線香を焚く容器!
□
先日TV放送で知ったのだが、中央のマークは東寺の「寺紋」で、文字の「左」を図形化したものだそうである。というのも「東寺」は「左寺」とか「左大寺」とか呼ばれたからで、京の都の入口に当たる「羅城門」の左側にあって、勿論右側と対をなしている。その左右とは、都の中心である北の「大内裏」から南を見た時の左右という訳で、だから左京区:右京区も東:西という訳なのだ!
□
さて、いよいよ「講堂」へ!
建築+彫刻セットのランキングでトップクラス!
□
次に「大師堂」へ
次に「大師堂」へ
□
★
「国宝◉弘法大師像」は秘仏で、特別開扉の時しか観れない!
□
「北大門」を出ると、

長がい参道・・・200m以上ありそう・・・
□
その北端に「北総門」があり、更に北へ抜ける道は少し西にずれているので、視線が抜けない!

新幹線が数分ごとに行き来している!
【注】五重塔特別公開は3月18日(木)までです!

「国宝◉弘法大師像」は秘仏で、特別開扉の時しか観れない!
□
「北大門」を出ると、
長がい参道・・・200m以上ありそう・・・
□
その北端に「北総門」があり、更に北へ抜ける道は少し西にずれているので、視線が抜けない!
新幹線が数分ごとに行き来している!
【注】五重塔特別公開は3月18日(木)までです!
【註】★は「東寺」でもらった「パンフレット」から転載しました。