2012年04月08日

俳句を詠む!

先日某会の例会で「句会」をした。

「句会」-2012.04.05.JPG

主宰者の*也さんから事前に知らされた兼題「4月馬鹿」と「花曇」により、出席者各自が3句づつ持ち寄り、ミニ句会を行った。
短冊によりみんなで清記をおこない、各自が選んだ3句を披講し、感想を述べ合った。
 
以下に皆さんの句から1句づつ披露します。

マーラーの うづく音色や 花曇・・・・隆一←わたし
四月馬鹿 幼子の嘘 なつかしく・・・・*子
伊吹山 浮雲流る 花曇・・・・・・・・*夫
亡き姉に ただ会ひたくて 花曇・・・・*恵
花曇 化粧直しの 白鷺城・・・・・・・邦*
太陽も ベンチ入りする 花曇・・・・・*子
今年こそ 日曜日なり 4月馬鹿・・・・*三
4月馬鹿 ピエロとなりて 街を行く・・*也

言葉を使った表現が苦手で誰にも選ばれないのでは!‽と思いきや、
わたしの句が一番評判が良かった!

主宰者*也さんの講評は以下の通りです。

隆一さんの句は「花曇」という季題が大変活きており素晴らしい句です。
*子さんの句は、子育てのころの母としての思いと季題が見事に調和しています。
*夫さんの句、一幅の風景画を彷彿させる句です。
*恵さんの句は、花曇に託した肉親への想いが胸を打ちます。
邦*さんの句、今改修中のお城をうまく表現できました。
*子さんの句は俳句に特有の諧謔味を入れた楽しい句です。
*三さんの句は、4月馬鹿の季題をうまく活かしました。
以上
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2011年11月09日

ゲーテの恋

「ゲーテの恋」という映画をやっていたので観てきた。
〜君に捧ぐ「若きヴェルテルの悩み」〜という副題がついていた。

ゲーテの恋.JPG

ゲーテの人生と、名作「若きヴェルテルの悩み」を重ね合わせた作品だった。

「若きヴェルテルの悩み」は若いころ、何度も繰り返し読んだ作品だ!
寝床でうつ伏せになって読んでいたら、涙が眼鏡に溜まって凸レンズ状になり、
文字がそこだけ大きくなって読み進めなくなった。
そこでメガネを外し、溢れる涙を掌で受けながら読み続けたものだった。

今日はうつ伏せではなかったが、涙の出方は若いころと変わらないな…と思った。
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2011年10月29日

むかし通った幼稚園が今も健在!★写真をクリックして拡大!

むかし通った幼稚園の前を通りかかった。

桃山幼稚園・外観.JPG

門は閉まっていたが、

桃山幼稚園・校門.JPG

中を覗くと見覚えのある校舎が!

桃山幼稚園・校舎.JPG

写真を照合するとまぎれもないそのものだ!

桃山幼稚園.jpg

最前列の右から8人目がぼく。

幼稚園へは、ひとりで電車に乗って通っていた。
その奈良電鉄、略して奈良電は、その後近鉄京都線になった。
その伊勢田駅から京都行きで二駅目の桃山御陵前駅で降り、
東へ、つまり御陵の方へちょっと上った左手に幼稚園はある。
その時の木造校舎がそのままあったのには驚き、感激した。
ぼくが5歳から6歳にかけて、1949年4月から1950年3月までだから、
60年以上経過したことになる。

次の機会には是非中に入らせてもらおうと思う。
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2011年10月11日

高岡万葉まつり

高岡市は、「万葉集」の編者といわれる大伴家持が、越中国主として5年間在任し、多くの歌を詠んだ万葉の故地であることから、「万葉のふるさとづくり」に取り組んでいて、その中心的な事業として毎年「高岡万葉まつり」を開催しているのであるが、その中のメインイベント!万葉集4,516首を3昼夜連続で歌い継ぐ「万葉集全20巻朗唱の会」は、今年で22回目を迎えた。
今年は10月7日(金)〜9日(日)の3日間開催され、奈良の仲間の会「夢の会」のメンバー7人で参加して巻18の4089〜4100を朗唱、わたしは4098の長歌を受け持って、最後をテノールのアリア風に締めくくった。
写真は、本番前夜の8日(土)と本番当日の9日(日)の、高岡古城公園のお堀に浮かべられた舞台。

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高岡万葉まつり2011-02.JPG

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2011年08月14日

コウモリがやってきた!

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一昨日家の窓にコウモリを見つけた!
夕方暗くなり始めるとゴソゴソしだしてやがてお出かけ、
朝見ると同じ場所に戻っている。

20年以上前に何度か居ついて以来だ。
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2011年06月26日

薬師寺東塔大修理着工法要

昨日と本日、薬師寺東塔大修理の着工法要が執り行われた。
昨日の参列者は4,000人、本日はそれを上回ったとのこと。
始まる前に大池へ行き、そこから眺める。

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右端が東塔、左端に東大寺大仏殿が見える。

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法要は10時30分に始まり、
東塔と西塔のちょうど真ん中に設けられた舞台で、
次々と行事が執り行われた。
写真は「散華」、紙の花が宙を舞う。

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十二代目市川団十郎丈の奉納舞「三番叟」もあり、

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山田法胤管主の記念法話を最後に12時30分、次第が終了。
山田法胤管主は明日朝早くお寺を出発して東北へ、
無くなられた方々への供養と被災者の方々のお見舞いの旅。
この薬師寺東塔の再建が成る7年後の2018年には、
東北地方も再生していてほしい、と締めくくられた。

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山田法胤さんとお知り合いになった2002年当時は、
薬師寺の副住職で、喜光寺住職を兼務されていたが、
2009年に薬師寺管主になられ、今も喜光寺住職でもあられる。
行基さまゆかりのお寺喜光寺では
長らく念願されていた南大門がご住職のご努力で再建され、
昨年、2010年5月1,2日に落慶法要が執り行われた。

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写真は2010年5月1日の落慶法要前の様子。

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2011年02月14日

ナガレスタジオ再訪

彫刻家 流政之
http://www.nagaremasayuki.com/
の米寿のお祝いの会、88歳のお誕生日のお祝いの会が
高松であったので行った。
流先生とは、一昨年12月に北海道定山渓温泉の老舗旅館
ホテル山水であった「流塾」以来の再会である。

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流先生は1923年2月14日生まれで、
1943年生まれの私とはちょうど20歳違いである。

お祝いの会の後「ナガレスタジオ」の見学会があった。

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多分38年ぶりの再訪ということになるのだが、

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初めて訪問した時はまだ20代だったので、
流先生もまだ40代だったと思う。

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瀬戸内海を見渡す風景の記憶が生々しく蘇る。

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訪れた日の夜一緒にお鍋をつつき、ゲストハウスに泊めていただいた。
世界的な彫刻家のスタジオに歓待していただいた幸せ!
流先生ってそういう方なのです。
で、そのゲストハウスは7年前に改装されて展示室になっていた。

さて、今朝は発声練習をする時間を持てないままに家を出発、
帰宅も遅くなるので、本番の翌日ぐらいは発声練習を抜いてもよかろう!
と思っていたけれど、流スタジオからの帰路、ビールを!と思いながら、
いや待て!
帰宅時刻は午後10時前だからまだ発声練習をする時間はある!
せっかく一年半一日も欠かさずに続けてきたのだから!と思い、
ビールを買うのを思いとどまったのだった。

ところが今日は雪で交通機関が狂いっぱなし…、
帰宅したのは午後10時半を過ぎていて、
それでも発声練習をしました。アクートの練習です。

昨日の「妙なる調和」はがっかりでした。
練習通り歌えばよかったのに、
色気を出してHiテクニックを使ったら失敗した。
時間は3分そこそこでも、
実は極めて高度なテクニックの要る大曲なのだ!
でも、いずれうまく歌えるようになる気がしてきて、
少なくとも数年はかかるだろうけれど、
師匠の福田先生がおっしゃるように、
こつこつと練習を積み上げるしかないと思い、
今日も発声練習をしたのです!!!

そんな訳で、この「ナガレスタジオ再訪」のカテゴリを「音楽」にします。

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2011年01月19日

揃った!

iPadはパソコンに比べて解像度が低いらしく、
パソコンではきれいにレイアウトされていても、
iPadではこんな具合に崩れてしまう。

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Adobe Dreamweaver CS5 を少しいじって、何とか揃えた!

揃った!.JPG

パソコンと同じ幅に表示される文字数が少ないために、
決めた幅に入れた文字が下の行に溢れてしまい、
レイアウトが崩れることが分かった!
でも「建築活動」のページの作品名の文字数の調整は、
良い方法が思いつかないので諦めることにする。

試用版のIE9-β版では、
ぼくのHPで使っている JavaScript がうまく作動しなかったりして、
根っからのアナログ人間のぼくに、Webデザインは本当に難しい!
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2011年01月18日

iPadではHPが崩れる!がっくり!

Safari、IE、Firefox、Google Chromeなど、
何れのブラウザでもうまくいくことを確認済みなのに、
iPadのSafariでは乱れてしまう!

「建築活動」のトップページ
http://www.yokogawa-r.com/architecture_temp.html
では、
写真の下の作品名が長い場合下の行にはみだし、
下の行にあった年数が消えてしまう。

「自転車・旅」のトップページ
http://www.yokogawa-r.com/travel_temp.html
では、
左側に縦一列に、きれいに並ぶはずの写真が乱れる。

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パソコン上ではうまくいっているので、触るのが怖い!
因みに、使っているのは“Adobe Dreamweaver CS5”
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2011年01月02日

横山隆一

相変わらず今年もまた、
「横山隆一」宛ての年賀状が数通来た!

横山隆一.jpg

「山」と「川」の一字違いの上、
絵の上手な子供だったので、
ぼくは子供の頃『フクちゃん』と呼ばれていた。

最近の若い人は、もう「横山隆一」を知らないかもしれないが…。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E5%B1%B1%E9%9A%86%E4%B8%80
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2011年01月01日

大晦日と初詣

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2008年11月に母が亡くなり、
お仏壇を京都の実家から奈良の我が家に移したのを機会に、
奈良市のど真ん中三条通りにある浄土真宗本願寺派のお寺
「浄教寺」の檀家にしていただいたのだが、
このお寺は、13世紀に開基された大変歴史のあるお寺で、
1888年にはかのフェノロサが本堂で講演を行ったのだそうだ。

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境内の枝垂桜は、毎年春に見事な花を咲かせる。

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2010年の大晦日の夜、除夜の鐘を撞きに訪れて、

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これが撞いた直後!

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翌朝は2011年元旦、
ここ10数年初詣に訪れている「三輪神社」は家から徒歩で30分ほど、
左が妻。

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幾何学的に曲がった参道を行くと、

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ご神体はこの奥の本殿の背後の巨木!

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初詣を終えて帰る参道を見上げると、深い森が歴史を感じさせる。
が、いつできたのかは定かでない…。

因みに、三輪神社の代表といえば、
何といっても奈良県桜井市にある大神神社(おおみわじんじゃ)だが、
三輪神社の方は、全国あちこちにあるみたいである。
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2010年11月21日

犬のおしっこ

我が家の、道路からの入り口の扉は庇の右奥、

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その扉に一週間ほど前から犬のおしっこが!

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思いっきり早起きして捕まえてやろうかとも思ったが、
昨日、フマキラーから出ている「犬猫まわれ右」という、
犬猫の嫌がるニオイ成分の入ったスプレーを購入し、
道路境界ブロックに、敷地の間口イッパイスプレーしたところ、
今朝はおしっこがかかっていなかった!
念のため、今夜もスプレーしてきたところ。

ほんとにひどい人がいるものだ…。
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2010年08月31日

カードの帰還!

日常は自転車通勤で、
自宅〜近鉄菖蒲池駅間と近鉄大阪上本町駅〜天満橋間が自転車、
近鉄菖蒲池駅〜近鉄大阪上本町駅間が輪行といことになるが、
雨の場合など自転車が使えない時は、
自宅近くのバス停〜近鉄学園前駅間が奈良交通バス、
近鉄学園前駅〜近鉄大阪上本町駅間が近鉄電車、
谷町九丁目駅〜天満橋駅が地下鉄谷町線ということになる。

昨日は好天ながら荷物が多くて自転車が使えずバス、
交通機関のカードの入ったカードケースをバスの中で確認し、
バスを下車して近鉄の改札口に向かいながらポケットを探ると、
先程ポケットに入れたはずのカードケースが無い!慌てる!
辺りを見回したがそれらしきもなは無く、
乗客を降ろして走り出したバスを止めて車中を探すが見つからず、
とりあえず諦めて各カード会社に電話して失効手続きをし、
バス会社には届け出があったら連絡がもらえるようにお願いをして、
ここまで一時間ほどだったか…。
近鉄の改札には帰宅途中にも寄ったが届いていない。
そして今日午後2時ごろ奈良交通から見つかったとの連絡。

帰宅途中、引き取ってきました。

card_20100831

左上が「無印良品」で売っているアルミのカードケース、
KANKU CLUB カードはPiTaPaカードでクレジットカード、
CI-CAカードは奈良交通のチャージして使うバスカード、
近鉄回数券カードは区間料金の10倍の値段で11回乗れる、
地下鉄1区特別回数券は2000円で200円区間に12回乗れる、
それらと、スルッとKANSAIカード、一式すべて戻ってきました。

これまでも何度か、物を落としたことがありましたが、
必ず戻ってきました。
正直な方に見つけてもらえる幸せ…。
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2010年07月20日

信じられないーっ!

koshien-20100720

何とも美しい!今日の甲子園球場の夕焼け。

今日の試合、阪神・広島戦は2対2のまま延長戦へ。
10回表に広島に2点を入れられ、これはもうダメと諦め帰路に。
なにしろ一週間前の巨人戦では延長12回の末敗戦だったし。

阪神尼崎駅で近鉄奈良行きの電車を待ちながら、
ワンセグで観戦を続けていたところ、思いがけないことが!
10回裏、ソロホームラン、ヒット、ツーランホームランの3連打で、
あっという間に5対4となり逆転サヨナラ勝ち!

信じられない−っ!
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2010年06月27日

父の遺品

東京の小さな貿易会社に勤めていた父が1931年からパリ勤務となり、1934年からはパリ支店長を務め、第二次世界大戦が始まった1941年に職を辞して帰国するまでの11年間パリで暮らしたことは既に書いたが、その頃パリで店を構えていた会社はほとんど無かったらしく、父の会社が日本人客やパリにいる日本人の連絡所になっていたらしい。
かの岡本太郎が、日本からの仕送りを受け取りに毎月父の会社を訪れたことを、私は子供の頃父から聞いた。
父の遺品に当時父の会社を訪れた人たちの記名帳が2冊あって、私が知っている有名な方が何人もおられるのでご紹介する。
★画像をクリックして拡大し、ご覧ください。

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谷口吉郎さん
高名な建築家で、同じく建築家の谷口吉生さんのお父さん!
1938年12月5日来訪、当時38歳

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野上素一さん
有名なイタリア文学者で、野上弥生子さんのご長男
1936年12月末来訪、当時26歳

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竹中錬一さん
竹中工務店先代の社長で、現社長の統一さんのお父さん
1937年7月来訪、当時26歳

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石坂泰三さん
元東芝社長で、第2代経団連会長
1937年8月来訪、当時51歳

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藤原義江さん
日本を代表するテノール歌手で、藤原歌劇団の創設者
1938年5月16日来訪、当時39歳

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宮本三郎さんと奥様の文枝さん
有名な洋画家
1938年12月12日来訪、当時33歳

これらの記名帳、1936年10月〜1938年11月と1938年12月〜1939年8月の2冊のみで、前後のものは残念ながら見当たらない。

父は1907年7月10日生まれで1980年11月6日に73歳で亡くなった。
パリで過ごしたのは1931年4月〜1941年4月で、父の23歳から34歳まで、パリでの日常は、比較的早い時間に仕事を終えてテニスに興じるなど大変優雅な生活だったようで、残された写真でもしのばれるのだが、我が家は戦中戦後長らく貧しかったので、父は優雅だったらしいパリでの暮らしのことを家族には話したがらなくて、ほとんど話してくれなかった。
膵臓癌で死の床にあった父が、看病に付いていた私の妻に、いかにパリでの生活が素晴らしかったかを何度も話したそうだが、家族には話しづらかったと見えて、とうとう話さないまま逝ってしまった。

生前、いやもっと早く話を聞かせてもらっていたら、いろいろ調べることができただろうし、面白い人のつながりとかができたかもしれないし、面白い話を綴ることができたかもしれないので、心残りが消えないままの状態がこれからも続くことになる。



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巨大客船「ノルマンディー号」

これまで知らなかった画家、レンピッカ!
その展覧会が兵庫県立美術館で開催されいているので観に行った。

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そこで彼女の作品以外も展示してある中に、巨大客船「ノルマンディー号」のポスターがあったのだが、調べるとこの船が建造されたのは1931年で、1898年生まれとされる彼女が最も魅力的な作品を残した30歳代前半とちょうど重なる。
この巨大客船「ノルマンディー号」のポスターと似たようなものが父の遺品にあったような気がして先日から探していたのだが、ようやくズバリではないが見つかった。

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幅13cm×高さ30cmほどの折りたたみパンフレットで、

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これが表紙の表裏見開き。

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広げると幅120cm×高さ60cmほどのものである。
全長が300mを超える巨大な船!拡大してご覧あれ!

これがなぜ父の遺品にあったかというと、東京の小さな貿易会社に勤めていた父は1931年からパリ勤務となり、1934年からはパリ支店長を務め、第二次世界大戦が始まった1941年に職を辞して帰国するまでの11年間パリで暮らしたのだった。私が生まれたのはその2年後のことである。
この1931年から1941年の11年間は、巨大客船「ノルマンディー号」が建造されてから客船として役目を終えるまでの11年間とちょうど重なる。
当時としては破格の存在であった「ノルマンディー号」を父は見たに違いないのだが、実際に乗船したかどうかは定かでない。
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2010年02月20日

東京・三鷹に生まれる!?

私は1943年生まれで、
生まれた直後から京都の宇治で育ったのだが、
出身地が京都というわけでもないので、
長らく両親の出身地である石川県ということにしていたのだが、
ある時から東京・三鷹生れに変えた。
それが事実だからである。

私の母は、
その頃東京・三鷹に住まっていた両親の元へ行き私を生んだ。
母の父、つまり私の祖父は丸岡耕甫という金沢の庭師なのだが、
当時電力王と呼ばれた松永安左衛門(耳庵)に依頼され、
その頃東京・三鷹に別宅を構えて、
安左衛門の別荘「柳瀬荘」の庭を手掛けていたのだという。

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実は、
松永安左衛門を紹介したのは北大路魯山人であった。

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魯山人は1925年、東京永田町に「星岡茶寮」を開き、
そこに政府・財界の要人・文化人が招かれ、
茶会は社交の場であったのだが、
魯山人の依頼を受けて「星岡茶寮」の庭を手掛けたのも
祖父であった。
それが縁で松永安左衛門とも知り合ったのだろう。

祖父が金沢の素封家であったかどうかは知らないが、
庭師ながら茶をたしなみ粋の分かる人物で、
金沢にいた頃の魯山人は、
足繁く祖父の家に出入りしていたのだそうである。
これが縁で、後に祖父は魯山人から、
「星岡茶寮」の作庭を依頼され、更には
松永安左衛門とも知り合って、作庭を依頼されたのだ。

そういえば母は私が幼い頃、
よく「松永さん」「松永さん」と言っていたのだが、
それは母が結婚する前、松永安左衛門の名古屋の家に、
行儀見習い!?で、一時期身を寄せていたからである。

私の出生に関わる説明をするとこういうことになるのだが、
二人の歴史的人物を知る人には話す価値ありと思い、
出生地を出身地ということにしたのである。

尤も、
北大路魯山人はともかく松永安左衛門となると、
知らない人も多くなったので、
話す相手を選ばなければならないが…。

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2009年11月17日

不思議な出会い


ただ聴くばかりの長い音楽遍歴の始まりは高校に入学した時、幼い頃から美術少年で今更「美術」でもあるまいと、「音楽」を選択したのが始まりだった。
とはいえオペラの世界に目覚めたのは遅く40歳を過ぎてからで、その声に魅せられ、テノール役を歌いたい一心から声楽を始めたのは、何と49歳の時だった。
いつの頃からか、60歳という区切りの歳に「還暦コンサート」を開催するという夢を抱くようになったのだが、50歳代後半になってもあまり上達せず、一人舞台なんて無謀!所詮は夢かと半ば諦めていたところ、師匠の福田先生ご夫妻から、歌仲間の還暦・古希・喜寿の女声陣とでコンサートを…との提案をいただき『歳祝いコンサート』を企画、ちょうど60歳になった2003年7月25日の「天神祭」船渡御の夜、会場はわが作品「大阪市立東洋陶磁美術館」の真向かいにある「大阪市中央公会堂」の4階にある中集会室で実現したのだった!
http://www.yokogawa-r.com/music_temp.html

植谷昌弘さんhttp://www.sbrain.co.jp/keyperson/K-7256.htm
と出会ったのはその一年程前、2002年の7月頃、『歳祝いコンサート』の会場の予約に訪れた時だった。
そこに、以前にお目にかかったことのある女性が!その女性は植谷佐江子さん、以前友人に頼まれて「宇治市源氏物語ミュージアム」
http://www.yokogawa-r.com/architecture/ugm/architecture-ugm1_temp.html
を案内した大手前高校OBの「源氏物語研究会」メンバーのお一人で、ご主人が主宰される「ときめき塾」の部屋の予約にご夫婦で来ておられたのだった。
そこで私は「ときめき塾」の講師も依頼され、以来「ときめき塾」にも時折参加しているのだが、先年、奥さまの佐江子さんが一念発起して、栄養士、野菜ソムリエ、雑穀ソムリエの資格を取得され、ご自宅のリビングルームに気の合った仲間を集めて「野菜が主役のご馳走」をいただきながらのすてきサロン『ゆるゆる』″を始められ、第2回目の今回は私がゲストとして話題を提供、高校で「音楽」を選ばなかったら!「宇治市源氏物語ミュージアム」のプロポーザルで設計者に選ばれなかったら!植谷さんとの出会いもなかったし、ここにもいなかった!というおはなしから始めたのでした。

先日、11月14日(土)のすてきサロン『ゆるゆる』″の終了前の様子。

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左一番奥が植谷さん、その手前が私。
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2009年08月29日

変なの!

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写真を整理していたらこんなのが!
この夏のある日、北海道は函館本線の倶知安駅。
本線といっても各駅停車の、
一両か二両連結のワンマンカーが一日数本しか走っていない。
それにしてもこの看板、変ですね!
ローマ字だけは左から、他は全て右から読む!
左方向は長万部方面で、次は比羅夫!
右方向は小樽方面で、次は小沢!
民主党の小沢さんは「おざわ」さんだけど、こちらは「こざわ」。

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2009年04月09日

桜が満開!

やっとやっと!桜が満開!

高瀬川.JPG
京都は高瀬川!8日(水)午前。

浄教寺.JPG
奈良のど真ん中の浄教寺の枝垂桜!8日(水)夕刻。

佐保川.JPG
奈良は佐保川!8日(水)夕刻。

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